2008.09.27 (Sat)
Sweet Purple Queen 【前編】
ここは楽園。楽園という名のバー。
この店に集まるのは一夜のパラダイスを求める寂しがり屋か、報われない恋を引きずる独り者ばかり。どっちにも当てはまるのは……多分アタシぐらいのもんだわね。
だからアタシはここをねぐらにする。「楽園」はアタシの庭。ここではアタシが女王様。
ねえ、女王様からひとつご忠告。この店にはカップルで来ちゃいけない。
ましてやアタシの目が黒いうち、目の前でいちゃつこうものなら、このアタシが許しちゃおかない、覚悟して――。
男、女、そしてそのどちらにも属さない人々でごった返すフロア。彼らの間を縫うように、そして彼らを優しく愛撫するかのように、フランキーのハスキーな歌声が気だるく流れていった。
普段はそのオカマ言葉に耳を奪われがちの彼女(彼?)だが、こうしてステージに立つと堂々、まるでいっぱしのシンガーのようだ。酒とタバコでかすれた声が、驚くほど店の雰囲気にはまっている。
誰もが皆、フランキーの歌声に酔い、体でリズムを取ったり、歌詞を口ずさんだりしている。楽園の時間がいっとき彼女に独占される。
だが、ただ二人、スタンドバーの一角を陣取るジョウとアルフィンにはその歌声は届かない。
いや、届いているのだが、まったく耳に入ってはいないようだ。
今夜のアルフィンは、ベロアとチュールのキャミソール風ワンピースに、ミニのスカート。それに膝下までのレースアップブーツを合わせている。
短い丈の下のぞく、ほどよく肉感的な生脚にいやでもフロアの男たちの視線が集まる。
それを知ってか知らずか、お姫様は音高くブーツのかかとを床に打ち鳴らす。
「んもう、アッタマきちゃう。ジョウの馬鹿っ」
怪気炎。すっかり目が据わってしまっている。
「何で俺が馬鹿なんだよ?」
ジョウは困り果てたように首の後ろを掻いた。こちらはファーのついたショート丈の黒のダウンにヴィンテージもののジーンズ。黒はジョウが最も好んで身につける色だ。ウエスタンブーツも黒。
「自覚がないのが馬鹿よ。気づかない振りしてるのなら大馬鹿モンよ」
「何を言ってるのかわからない」
「嘘ばっかり!」
完全にむくれている。ジョウは後悔していた。アルフィンのペースに任せて飲ませたことを。そしてアルフィンより先に自分が酔ってしまわなかったことを……。
アルフィンの右手が勢いに任せてカクテルグラスを取り上げようとする。のを、ジョウが止めた。
「もう止めとけよ、飲みすぎだ」
アルフィンがぎろっと上目遣いに睨みつける。数多くの修羅場を踏んできたジョウでさえ思わずひるんでしまいそうな形相だ。
「ほうっといて。あたしの勝手でしょ」
「よせって」
グラスをアルフィンから離すため、高く持ち上げる。アルフィンがそれを取り返そうと背伸びして追う。
「もう、返してよ! 何すんのよ」
「いい加減にしろ。これ以上飲んだら帰れなくなるぞ」
「いいもん、帰れなくたって。ここに泊まるから」
「あのなあ」
「だめなら誰かに声かけて泊めて貰う」
「アルフィン!」
ジョウの声に怒気が含まれた、そのタイミングを見計らったかのように間延びした声が割って入った。
「どうだった〜? アタシの歌……って、あらら、お取り込み中?」
フランキー。いつの間にかオンステージは終わっていたらしい。終わりかけのまばらな拍手をかいくぐって二人の元へ近づいてくる。しなしなとした内股だ。今宵のフランキーはドレープのたっぷり入った虹色のブラウスにスキニージーンズ、びっくりするくらい華奢な銀のピンヒール。いつも目を引く風貌だが、今夜は格別だ。
ジョウとアルフィンはばつが悪いのか視線を合わせようとしない。二人の間で、ジョウ、アルフィン、ジョウと視線を動かしたフランキーは、マスカラを塗って増量したまつげをせわしなく瞬かせる。あごに人差し指を当ててつぶやいた。
「んー、なんていうの? 冷た〜い空気ってやつがここを取り巻いているような気がするわア……」
「俺、ちょっとオーダーしてくる。これ飲んでてくれ」
フランキー登場という助け舟に乗っかって、ジョウが一時退散を決める。手にしていたグラスを渡し、
「アルフィンに飲ませるなよ」
小声で囁く。
「オッケ〜」
フランキーが了解のしるし、○マークを右手で作る。目と目でやりとりしてジョウはカウンターに向かっていった。
恨めしそうにその後姿を目で追っていたアルフィン。だが、フランキーがグラスに口をつけそうになるところを強引に奪い返す。止めるまもなくぐい、と一息であおる。
「あら……飲んじゃった」
フランキーが目をぱちくりさせて、一気飲みしたアルフィンの横顔を見やる。
ぷはあ、と酒臭い息をついで、アルフィンが口元を拭った。
「ああ美味しい。ったくジョウのボケナス。いざってときにチキンなんだから!」
「どーしたのよう、そんなに荒れて」
とりなす、というよりも面白がる口調を隠そうとせず、フランキーがアルフィンの横顔を掬い上げるように見た。空になったグラスをさりげなく奪い返す。フェイクの付け爪の色はシルバー。ごつい指先を美しくスクエアに飾っている。
でも残念ながら、今のアルフィンにはフランキーの念入りなおしゃれも目に入らない。
「どーしたもこーしたもないわよ。ジョウのやつ、あたしが他の男に誘われても知らん振りなんだから」
「あらっ」
自分好みの話の展開になってきた、とばかり、フランキーの目がきらんと輝く。
「さっきからあっちこっちで卑猥な声かけられたり、果てはすれ違いざま露骨に体に触られたりしてるのにさ、我関せず、って素知らぬ顔なんだもん。頭にも来るわよ」
フランキーはこれ以上見開けないほど目を見開いて、大きく何度も頷く。
「んまあ、それは業腹ね」
「でしょお?」
アルフィンの語気が荒くなる。煽るようにフランキーが追い討ちをかけた。
「大体ジョウは女心ってもんを知らないのよね」
「そうそう」
「女心の機微とかさ、繊細さを理解しようなんて意識が微塵もないのよ、あの男は」
ぼろくそだ。一段高くなっているカウンターで、年配のバーテンにオーダーをしているジョウの姿が見える。二人の会話が聞こえるはずもなく、その背中はこちらに向けられたままだ。
アルフィンはジョウの後頭部のあたりに目を固定したまま、スタンドバーテーブルに置かれたつまみのナッツを口に放り込む。音を立てて噛み砕いた。
「まったくもってジョウってば無神経よ」
含み笑い。でもそんなフランキーの横顔にアルフィンは気がつかない。
「……そうねえ。なんであんな無神経な男にほれちゃった訳? アルフィン」
いきなり核心を突かれ、一瞬アルフィンの手が止まる。
しかしすぐさまナッツを口に放り込み、言い捨てる。
「知らないわよ。もう忘れた」
「忘れた、か。嘘つきな女ねえ、あんたも」
「無神経男よりはマシよ」
斬って捨てる。
ちょうどジョウがこちらを向いたときだった。心配そうな顔をしている。きっとアルフィンがフランキーからアルコールを奪って飲んでやしないかと気が気でないのだ。
既にカクテルはアルフィンの喉を下っていってしまっている。
ごめんね。約束守れなかったわ。
心の中でジョウに手を合わせるフランキー。
その代わり、少し援護射撃でもしとこうかしら。顔にかかる髪をかき上げ、アルフィンに向き直る。
「そうね。でもアンタもだいぶ無神経よ、アルフィン」
「えっ」
すっかり自分サイドで話を聞いてもらっていたと思いこんでいたアルフィン。驚いて顔を上げる。
アイシャドウで黒々と縁取りした目と間近でぶつかる。
真顔。
「フランキー?」
「ジョウの隣に居て、よそからエッチな声かけられたぐらいでぴーぴー言ってんじゃないの。いざって時には泣きついて助けてもらおうと思ってるくせに」
ぴしゃりと鼻先に言葉をぶつけられる。図星。
アルフィンの目に動揺が走った。
でもすぐに立て直す。
「そんなこと……。だってジョウだって知らん振りなのよ」
フランキーは長い髪の毛先をくるくると指に巻きつけながら言った。
「いちいち取り合ってちゃ馬鹿見るからでしょ。こういう店じゃ茶飯事なのよ。っていうかもててる証拠。光栄なことよ」
「でも……からだとか触られたし」
「どこ? おっぱいとかお尻とか?」
かぶりを振るアルフィン。
「じゃなくて、背中とか肩……腰も」
次第にアルフィンの声が低くなる。俯きがちになるにつれて、子供が駄々をこねるように言葉が口の中くぐもっていく。
「は。ボディタッチがなんだっての? それも挨拶よ。この店で許容される範囲の。アタシなんかもう十年も触られまくり。ま、その倍は触りまくってるけどね」
「ずいぶん低俗なお店なのね」
言ってから、はっと口を押さえる。が後の祭りだった。
楽園にはきょう初めて来た。アルフィンがフランキーに頼み込んで連れて来てもらったのだ。以前ケンが話しているのを聞いて一度行ってみたいと思っていた。フランキーの城、とケンは言っていた。あいつはあそこでは女王様なんや、と。
物見遊山、みたいな気持ちだった。どちらかといえば。しかも、しぶるジョウを強引に誘った。
フランキーは黙ったままだ。気まずい沈黙が降りてくる。さっき、フランキーが言った、「冷たい空気」というやつを、アルフィンはひしひしと感じていた。
アルフィンは唇を噛んだ。
やがてフランキーのほうが、アルフィンをいたわるような口調でそっと言葉を差し出した。
「……自分は安全なところにいて、飼い主にキャンキャン噛み付くだけだったら、ペットの犬のほうが何ぼかマシよ? お嬢ちゃん」
かっとアルフィンの頬に血の気が射した。酒気ではない類の紅潮のしかた。
昂然と顎を上げ、自分より一回りも大きい男女を睨みつける。
「犬なんて……ひどい。あんまりじゃない」
「……」
フランキーは表情一つ変えず、アルフィンの強い視線を受け止めている。
ややあって視線を逸らし、シガレットケースから細身のタバコを一本抜き出した。慣れた手つきで、細やかな細工の施された銀のライターで先端に火をつけた。ぷはああ、とわざとらしく息をつく。
スクエアの爪先に紫煙が絡みつくのをしばらく眺めてから、フランキーはアルフィンに向き直った。
「全くしようがない甘ったれね。ジョウもこんなガキのどこがいいんだか……。まあいいわ。わかったわ、今からあたしがいいこと教えてあげる。ジョウは絶対に教えてくれてないことだからね、心して聞くのよ、わかった?」
早口でまくし立てると有無を言わさぬ迫力だ。
アルフィンは意味が分からなかったがそれでもクラッシャーの端くれ。すぐさま身構え、応戦体制を整える。
フランキーはゆっくりためを作って、タバコを灰皿にもみ消した。
そして、
「アタシは、あんたみたいな女が、大嫌いよ」
ひとことひとこと、区切るように言った。
【後編】へ
この店に集まるのは一夜のパラダイスを求める寂しがり屋か、報われない恋を引きずる独り者ばかり。どっちにも当てはまるのは……多分アタシぐらいのもんだわね。
だからアタシはここをねぐらにする。「楽園」はアタシの庭。ここではアタシが女王様。
ねえ、女王様からひとつご忠告。この店にはカップルで来ちゃいけない。
ましてやアタシの目が黒いうち、目の前でいちゃつこうものなら、このアタシが許しちゃおかない、覚悟して――。
男、女、そしてそのどちらにも属さない人々でごった返すフロア。彼らの間を縫うように、そして彼らを優しく愛撫するかのように、フランキーのハスキーな歌声が気だるく流れていった。
普段はそのオカマ言葉に耳を奪われがちの彼女(彼?)だが、こうしてステージに立つと堂々、まるでいっぱしのシンガーのようだ。酒とタバコでかすれた声が、驚くほど店の雰囲気にはまっている。
誰もが皆、フランキーの歌声に酔い、体でリズムを取ったり、歌詞を口ずさんだりしている。楽園の時間がいっとき彼女に独占される。
だが、ただ二人、スタンドバーの一角を陣取るジョウとアルフィンにはその歌声は届かない。
いや、届いているのだが、まったく耳に入ってはいないようだ。
今夜のアルフィンは、ベロアとチュールのキャミソール風ワンピースに、ミニのスカート。それに膝下までのレースアップブーツを合わせている。
短い丈の下のぞく、ほどよく肉感的な生脚にいやでもフロアの男たちの視線が集まる。
それを知ってか知らずか、お姫様は音高くブーツのかかとを床に打ち鳴らす。
「んもう、アッタマきちゃう。ジョウの馬鹿っ」
怪気炎。すっかり目が据わってしまっている。
「何で俺が馬鹿なんだよ?」
ジョウは困り果てたように首の後ろを掻いた。こちらはファーのついたショート丈の黒のダウンにヴィンテージもののジーンズ。黒はジョウが最も好んで身につける色だ。ウエスタンブーツも黒。
「自覚がないのが馬鹿よ。気づかない振りしてるのなら大馬鹿モンよ」
「何を言ってるのかわからない」
「嘘ばっかり!」
完全にむくれている。ジョウは後悔していた。アルフィンのペースに任せて飲ませたことを。そしてアルフィンより先に自分が酔ってしまわなかったことを……。
アルフィンの右手が勢いに任せてカクテルグラスを取り上げようとする。のを、ジョウが止めた。
「もう止めとけよ、飲みすぎだ」
アルフィンがぎろっと上目遣いに睨みつける。数多くの修羅場を踏んできたジョウでさえ思わずひるんでしまいそうな形相だ。
「ほうっといて。あたしの勝手でしょ」
「よせって」
グラスをアルフィンから離すため、高く持ち上げる。アルフィンがそれを取り返そうと背伸びして追う。
「もう、返してよ! 何すんのよ」
「いい加減にしろ。これ以上飲んだら帰れなくなるぞ」
「いいもん、帰れなくたって。ここに泊まるから」
「あのなあ」
「だめなら誰かに声かけて泊めて貰う」
「アルフィン!」
ジョウの声に怒気が含まれた、そのタイミングを見計らったかのように間延びした声が割って入った。
「どうだった〜? アタシの歌……って、あらら、お取り込み中?」
フランキー。いつの間にかオンステージは終わっていたらしい。終わりかけのまばらな拍手をかいくぐって二人の元へ近づいてくる。しなしなとした内股だ。今宵のフランキーはドレープのたっぷり入った虹色のブラウスにスキニージーンズ、びっくりするくらい華奢な銀のピンヒール。いつも目を引く風貌だが、今夜は格別だ。
ジョウとアルフィンはばつが悪いのか視線を合わせようとしない。二人の間で、ジョウ、アルフィン、ジョウと視線を動かしたフランキーは、マスカラを塗って増量したまつげをせわしなく瞬かせる。あごに人差し指を当ててつぶやいた。
「んー、なんていうの? 冷た〜い空気ってやつがここを取り巻いているような気がするわア……」
「俺、ちょっとオーダーしてくる。これ飲んでてくれ」
フランキー登場という助け舟に乗っかって、ジョウが一時退散を決める。手にしていたグラスを渡し、
「アルフィンに飲ませるなよ」
小声で囁く。
「オッケ〜」
フランキーが了解のしるし、○マークを右手で作る。目と目でやりとりしてジョウはカウンターに向かっていった。
恨めしそうにその後姿を目で追っていたアルフィン。だが、フランキーがグラスに口をつけそうになるところを強引に奪い返す。止めるまもなくぐい、と一息であおる。
「あら……飲んじゃった」
フランキーが目をぱちくりさせて、一気飲みしたアルフィンの横顔を見やる。
ぷはあ、と酒臭い息をついで、アルフィンが口元を拭った。
「ああ美味しい。ったくジョウのボケナス。いざってときにチキンなんだから!」
「どーしたのよう、そんなに荒れて」
とりなす、というよりも面白がる口調を隠そうとせず、フランキーがアルフィンの横顔を掬い上げるように見た。空になったグラスをさりげなく奪い返す。フェイクの付け爪の色はシルバー。ごつい指先を美しくスクエアに飾っている。
でも残念ながら、今のアルフィンにはフランキーの念入りなおしゃれも目に入らない。
「どーしたもこーしたもないわよ。ジョウのやつ、あたしが他の男に誘われても知らん振りなんだから」
「あらっ」
自分好みの話の展開になってきた、とばかり、フランキーの目がきらんと輝く。
「さっきからあっちこっちで卑猥な声かけられたり、果てはすれ違いざま露骨に体に触られたりしてるのにさ、我関せず、って素知らぬ顔なんだもん。頭にも来るわよ」
フランキーはこれ以上見開けないほど目を見開いて、大きく何度も頷く。
「んまあ、それは業腹ね」
「でしょお?」
アルフィンの語気が荒くなる。煽るようにフランキーが追い討ちをかけた。
「大体ジョウは女心ってもんを知らないのよね」
「そうそう」
「女心の機微とかさ、繊細さを理解しようなんて意識が微塵もないのよ、あの男は」
ぼろくそだ。一段高くなっているカウンターで、年配のバーテンにオーダーをしているジョウの姿が見える。二人の会話が聞こえるはずもなく、その背中はこちらに向けられたままだ。
アルフィンはジョウの後頭部のあたりに目を固定したまま、スタンドバーテーブルに置かれたつまみのナッツを口に放り込む。音を立てて噛み砕いた。
「まったくもってジョウってば無神経よ」
含み笑い。でもそんなフランキーの横顔にアルフィンは気がつかない。
「……そうねえ。なんであんな無神経な男にほれちゃった訳? アルフィン」
いきなり核心を突かれ、一瞬アルフィンの手が止まる。
しかしすぐさまナッツを口に放り込み、言い捨てる。
「知らないわよ。もう忘れた」
「忘れた、か。嘘つきな女ねえ、あんたも」
「無神経男よりはマシよ」
斬って捨てる。
ちょうどジョウがこちらを向いたときだった。心配そうな顔をしている。きっとアルフィンがフランキーからアルコールを奪って飲んでやしないかと気が気でないのだ。
既にカクテルはアルフィンの喉を下っていってしまっている。
ごめんね。約束守れなかったわ。
心の中でジョウに手を合わせるフランキー。
その代わり、少し援護射撃でもしとこうかしら。顔にかかる髪をかき上げ、アルフィンに向き直る。
「そうね。でもアンタもだいぶ無神経よ、アルフィン」
「えっ」
すっかり自分サイドで話を聞いてもらっていたと思いこんでいたアルフィン。驚いて顔を上げる。
アイシャドウで黒々と縁取りした目と間近でぶつかる。
真顔。
「フランキー?」
「ジョウの隣に居て、よそからエッチな声かけられたぐらいでぴーぴー言ってんじゃないの。いざって時には泣きついて助けてもらおうと思ってるくせに」
ぴしゃりと鼻先に言葉をぶつけられる。図星。
アルフィンの目に動揺が走った。
でもすぐに立て直す。
「そんなこと……。だってジョウだって知らん振りなのよ」
フランキーは長い髪の毛先をくるくると指に巻きつけながら言った。
「いちいち取り合ってちゃ馬鹿見るからでしょ。こういう店じゃ茶飯事なのよ。っていうかもててる証拠。光栄なことよ」
「でも……からだとか触られたし」
「どこ? おっぱいとかお尻とか?」
かぶりを振るアルフィン。
「じゃなくて、背中とか肩……腰も」
次第にアルフィンの声が低くなる。俯きがちになるにつれて、子供が駄々をこねるように言葉が口の中くぐもっていく。
「は。ボディタッチがなんだっての? それも挨拶よ。この店で許容される範囲の。アタシなんかもう十年も触られまくり。ま、その倍は触りまくってるけどね」
「ずいぶん低俗なお店なのね」
言ってから、はっと口を押さえる。が後の祭りだった。
楽園にはきょう初めて来た。アルフィンがフランキーに頼み込んで連れて来てもらったのだ。以前ケンが話しているのを聞いて一度行ってみたいと思っていた。フランキーの城、とケンは言っていた。あいつはあそこでは女王様なんや、と。
物見遊山、みたいな気持ちだった。どちらかといえば。しかも、しぶるジョウを強引に誘った。
フランキーは黙ったままだ。気まずい沈黙が降りてくる。さっき、フランキーが言った、「冷たい空気」というやつを、アルフィンはひしひしと感じていた。
アルフィンは唇を噛んだ。
やがてフランキーのほうが、アルフィンをいたわるような口調でそっと言葉を差し出した。
「……自分は安全なところにいて、飼い主にキャンキャン噛み付くだけだったら、ペットの犬のほうが何ぼかマシよ? お嬢ちゃん」
かっとアルフィンの頬に血の気が射した。酒気ではない類の紅潮のしかた。
昂然と顎を上げ、自分より一回りも大きい男女を睨みつける。
「犬なんて……ひどい。あんまりじゃない」
「……」
フランキーは表情一つ変えず、アルフィンの強い視線を受け止めている。
ややあって視線を逸らし、シガレットケースから細身のタバコを一本抜き出した。慣れた手つきで、細やかな細工の施された銀のライターで先端に火をつけた。ぷはああ、とわざとらしく息をつく。
スクエアの爪先に紫煙が絡みつくのをしばらく眺めてから、フランキーはアルフィンに向き直った。
「全くしようがない甘ったれね。ジョウもこんなガキのどこがいいんだか……。まあいいわ。わかったわ、今からあたしがいいこと教えてあげる。ジョウは絶対に教えてくれてないことだからね、心して聞くのよ、わかった?」
早口でまくし立てると有無を言わさぬ迫力だ。
アルフィンは意味が分からなかったがそれでもクラッシャーの端くれ。すぐさま身構え、応戦体制を整える。
フランキーはゆっくりためを作って、タバコを灰皿にもみ消した。
そして、
「アタシは、あんたみたいな女が、大嫌いよ」
ひとことひとこと、区切るように言った。
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2008.09.27(土) 19:49 | |
【編集】
口絵に萌えモエのファンの一人がここにいます!>みなさま
woopeaceさんに献上した、フランキー嬢とのジョイント、前後編で再掲します。
う〜さん、見てくれるといいです……。(開館中に)
woopeaceさんに献上した、フランキー嬢とのジョイント、前後編で再掲します。
う〜さん、見てくれるといいです……。(開館中に)
安達薫 |
2008.09.27(土) 18:22 | URL |
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